道に迷っている
自転車で走りながら迷っている
海沿いの国道は道幅も狭く歩道もまばらで危ないので
旧道というか、いわゆる昔の街道筋をたどって目的地に向かうことがある
幕末の著名人とかも通った(ことにしておこうということ)らしく
「○○の通ったみち」という立て札がところどころに立っていたりする
もっともその後で新しくできた国道やら区画整備やらで旧道は切れ切れになっていて
○○さんの通った(はずの)道をたどるのにも地図やガイドマップがないと難しい
そのあたりの抜け道のどこかで角を曲がるのをまちがえたらしく
道に迷っている
すでに日没は過ぎ
西の空の山の端が血で染めたように赤々とひろがりたなびく雲
暗く沈んだ家々の塀からのぞいている萩の花の淡紫色が線香のようにぽつぽつと浮かび上がる
そのへんのよどんだ暗がりに誰がひそんでいても
おそらく気づくことはないだろう
実際、視界のはしに一瞬だけ人の顔のようなものが見えた気がしたことが何度かあった
たぶん気のせいだろう
日中はまだ残暑厳しい候とはいえ
朝晩はどこかひんやりとした手が、こちらの手首をつかんでくるような冷気が
どこからともなくまとわりついてくるような
そんな季節のうつろいを感じさせるようにもなってきた
ものごとはこうして気づかぬ間に進行していて
ハッと気づいたときには外堀は埋まり、もうどうしようもなくなって、どうにもならない、ということもある
小野不由美の『屍鬼』とかそんな感じだった気がする
たよりないフロントライトが路面をおぼろに照らし
後輪からのラチェット音がからからと追いかけてくる
ときどきからから音のなかにどこかしら
ひたひたという物音がまざって追いかけてくる気配がする
気になって後ろを見てみるが、暗いので視界がきかない
走ってきた道は黒々と沈んだ家々とともに妙に暗くまっすぐに
どこまでもまっすぐに延びているように見える
こんなにまっすぐな道だったか?
いぶかりながら視線を前に戻すと
いきなり壁
驚いてブレーキをかける
ぎりり、という鈍い音
後輪が少し横滑る
切り立った斜面をコンクリートで固めた法面が壁のように行く手をふさいでいた
まずいなこんな道通ったことないな引き返すにしても逆に迷いそうだし
と思いながらふと目が止まる
ところどころに広告の看板がいくつかぶらさがっている
金気のある部分はことごとく錆がでて
もう何十年もそのままのような
古びて色あせ朽ちようとしている人工物
たよりないフロントライトでもなんとか判読できるところを見やると
曰く
「夏の花火で私が死体」
どこかで見たようなフレーズだ
というかなんの広告だ
というか著作権的にどうなの
「乙女座製薬」
あやしい製薬会社名だ
製の字がかすれ落ちてほとんど読めなくなっている
二文字二文字で区切ると別の意味であやしい
「残穢」
さざえ、とふりがなが振ってある
たぶん子どものいたずらだろう
その子どもはどこにいったのだろう
「弟切草並感」
たぶんナミの字が誤植
たぶん用語の使用方法も不適当
広告としても意味不明瞭
変なところだなと思いながらハンドルを切ると
いきなり人にぶつかる
顔も見えない、歳も性別もわからない人が
ドンッという鈍い音とともに倒れる
ころころと首がはずれて転がっていく
ころころと転がっていった闇の先に何かいる
ハアハアと荒い息の四つ足のけものが
その転がっていった頭にいきなりかぶりつく
ぐるるるると喉を鳴らしてかぶりつく
がつがつという音が聞こえるが暗くて判然としない
ただ、がつがつという音が聞こえる
呆然としながら
フロントライトが照らしている胴体を見る
はずれたと思しき首の根元から何か出ている
もこもことしたものが出ている
それは白い、もこもことした綿のように見えた
- みずけー
- 2017/08/25 (Fri) 22:29:18