ごめんなさい
ごめんなさい
この子のしたことを謝って回る
この子はぎゃあと泣き叫んで走り回る
知らない人の体によじ登って顔面を
引っ掻いてしまう そして笑う
そんな調子で
手を離すと何処かへ行ってしまうから
手の甲は引っかき傷だらけになった
何度も考えた
この手を離すことを
僕は自分が死んでもいいと思うから
多分だけど
他の誰かが死んでもいい気がしてて
よくわかんなくて
それを悟られることを恐れていて
ああ早く消えてしまいたい
というか
ずっと寝ていたい
デイサービスの車から我が子が転げ落ちてくる
みたいに走ってくる
それを必死に追いかけるスタッフさんと
待ち構える私は
まるで
僕の手は村田くんをぎゅうと
締め付けていて
ドライバーさんがドアを開けたとき
ふと我にかえってしまった
村田くんは走っていった
僕は反射的に追いかけた
この仕事はやめようと思っている
誰かの言うことを聞いて
眼の前のことを頑張っていれば
誰かのために生きられると思った
そうは甘くなかった
簡単じゃなかった
スタッフさんの実績表に判子を押した
今日は男性スタッフだった
きれいな手をしていた
きれいな手を
村田くんのお母さんは
もしかしたらもしかするかもしれない
という噂話があった
僕らはなんのために何をしているんだっけ
僕らってやつは
何をしているんだったっけ
「お疲れ様でした。」
ドライバーさんが飴をくれた
僕は断った
睨まれた気がした
心の中じゃお互いに
悪態をついていた
たぶんきっと
生きていこうとは思わないです
でもこの手を離せないと思います
この手はもう私の手じゃないからです
彼のための手なんです
から
信号が変わると
僕は走り出していた
走っているときはみんな同じ
ような気持ちに
なるに違いない
目をつむった ここから先は未知だ
もうなんでもいいから受け止めてくれさえ
すればいいって
迷惑をかけてごめんなさい
心配をかけてごめんなさい
あのデイは男性スタッフが一人
また辞めてしまうそうで
うちの子はそのスタッフの眼鏡を
よく掴んでは放り投げていたそうで
なんとなく
いい気味だ
と私は思ってしまった
そんなものだろう
そうだよね と 我が子に目で語る
村田くんは僕の痛いところを
容赦なく突っつき回した
痛がる僕を見て笑っていた
無邪気で素敵な笑顔だった
今日は送迎係じゃないから
僕は車に乗っていった村田くんに手を振った
僕は最後まで笑顔で手を振って
車を見送った
上司にも同僚にもお別れの挨拶をして
また歩き出さざるを得なかったし
いいか、と思って
とにかく目を開いて
僕はろくでなしだけど
知ったこっちゃないや
できるだけやらせてもらうんで
どうぞ見といてって
- はさみ
- 2018/06/03 (Sun) 21:50:46