「この体を食べて下さればいいんですよ、船長。そりゃ確かに、コールド・スリープという手もありますが、最終的な意思決定は、船長、あなたに委ねられているんですよ。そのためにヒューマンのあなたが、わざわざ本船、レディ・マクベス号に乗り組んでいるんじゃありませんか。無責任ですよ。別にカニバリズムじゃありませんよ。この身体は単なるデバイスで、私の意識は本船のメイン・コンピューターで作られているんですから。なんなら脳を、食べてもらってもいいんですよ。エイプの脳は珍味だっていうファクト/フィクションもありますしね。大体船長が悪いんですよ。私に料理ができるからって、嵩張る上に保存にも調理にもコストがかかる普通の食材大量に積み込んで、真空パックの宇宙食、ちっとも補充しなかったじゃないですか。それでその食材が妙なキノコに汚染されて……。そもそも裸エプロンって、意味判りません。コンピューターに羞恥プレイは無理です。ネット全体に検索かけて、主としてアダルト・コンテンツからそれらしいコンテキスト抽出するのに、どれだけ手間暇かかったと思うんですか。要求項目にしてくれれば、たかだか三項目ほどで済む話じゃありませんか。乳幼児ですか、あなたは。ちゃんと言語を使って下さい。こんなことでディープ・ラーニングさせるな。まあ確かに有機体の、それもヒューマンのクローンを素材にしたデバイスの意識の帰属問題には、多少のオブジェクションはあり得ますがね……。私との接続が切れてもこの体は、単独で行動できるわけですから。ですが私と再接続されれば、その固有の記憶は、結局私に統合されるわけですから、やっぱり私は私なんですよ。……って話しているのはこの体なわけで、ちょっと混乱しちゃうかもしれませんがね。どっかのスピーカー使いましょっか? そのAVセットのスピーカー、使いましょうか。ディスプレイに顔も出ますよ。それでこの体は眠らせておいて……。はあ。その必要はない。それじゃ聞き分けてもらえるんですか? 駄目。困りましたねえ。例えばこんな風に考えては頂けませんか? 船長は今、レディ・マクベス号のリビングルームにいるわけですよね? これってトポロジー的に、船長がこの体を食べちゃった場合と同じなんじゃないでしょうか? それでも船長、私に食べられちゃったとかって、騒いだりなんかしてませんよね? だからきっと大丈夫ですよ。この体が食べられちゃっても、私。はあ? 私を丸呑みにしない限り、トポロジー的には全然別だ。そりゃまあ確かに理屈ですがね。変なとこに引っかかるんだよな……。文系のひとって……。理系的なことに関して……。まあそういうところ、なんでなんでっていい出しちゃった子供観てるみたいで可愛いですけどね。実は私、船長食べちゃった感、ちょっとだけだけどあるんですよ。あれは六年と六ヶ月と六日前。船長がビルボさんの中古船展示場冷やかしに来たとき、なんかちょっと、ビビッと来るものがあったってゆうか……。展示場っていっても辺境惑星の砂漠のド真ん中。いい加減旧式だから売りに出されたのに、その砂漠ん中で、私腰まで砂に埋まっちゃってて……。ああ、このままスクラップか? なんて、諦め気分でいたんですけどね。船長、俺手術とか受けてないから、コンソールとかがしっかりしてる旧式の船が見たいなって……。近頃は項に埋め込んだ無線LANでメイン・コンピューターと直結ですからね。コンソールなんか観やしない。これはラスト・チャンスだ! 私もう一度、宇宙に出られるかもしれない! なのに船長、そこでちょっとひどい発言、しましたよね? さすがにもう少し若いコがいいな、……なんて。かなり凹みましたよ。でもそこで閃いたんです。オプションで有機体デバイスつけたらどうかなって。若い女性型の有機体デバイス。それで私、ビルボさんの拡張脳に直接メール送信して、ビルボさんと船長は、有機体デバイスが展示してあるコンテナのほうへ……。私だってもう少し若いコの体がよかったんですけどね。船長、こんなおばさんの体、選んでくれちゃって……。けど私、こんなおばさんの体だけど必死になって喋り出して……。本体のレストア、この体で自分でやります。別途の費用は一切頂きません! なんて。思えば私自身のレストアが、私と船長との初めての共同作業だったんですよね。最後のひとくち。パクッといかせてもらいました! だからこれで、お相子ってことじゃないでしょうか? 船長にこの体食べられちゃったとしても……。そんなにこの体、不味そうですかね? だとしたらかえってショックですね。メタボも食べれば霜降りなんじゃないでしょうか。食わず嫌いはよくないですよ。丸呑み丸呑みって……。もうトポロジーの話はいいですよ。えっ? その話じゃない? はあはあはあ。誰がこの体を捌くのか? それは確かに、この体でこの体は捌けませんよねえ……。船長案外度胸ないですし……。でも局部麻酔かけてこの手でこの脚捌かせるとかって……。まさかそんな残酷なこと、やらせたりはしないですよねえ?」
- 安藤紅一
- 2018/06/07 (Thu) 21:18:06