「……幽霊とやっちゃうのは R.I.P.。あっちの世界への片道きっぷみたいに例のカランコロンでもいわれちゃってるようなんだけどさ、俺の場合、そうでもなかった感じなんだよね。っていうのが俺の童貞、そんな幽霊さんたちのうちの一人に、奪ってもらったんだもの。ほんと楽しい幽霊さんだったな。俺はちょうど二十歳。その幽霊さんはちょっとお姉さんってゆうか、まあやりたい盛りあの頃の感覚でいっても、かなりおばさんの二十六歳。生前売れない漫画家さんだったんだって……。おばさんの上に女ヲタ! まだそんときは腐女子なんて言葉なかったんじゃないかな? で、おばさんの上に女ヲタ! 友人たちが大袈裟に騒ぎ立てたね。おばさん、ヲタク、プラス幽霊なんだろって。でもそういいながらもみんな興味津々なんだよ。彼らもやりたい盛りの非モテ学生だったからね。アニ研なんてダッさいサークルに所属しっちゃっててさ。それにもう一つの魅力は家賃! 近くの似たような物件の半額だったし、同じ建物のほかの部屋と比べたって、八がけだったんだぜ。痴女幽霊が出る部屋! お陰で学食、全食大威張りで大盛でっていえたもんね。まあその頃の青年のやりたさって死んでもいいからってくらいに思い詰めちゃってるもんなんだけど、けど実際に死んじゃうのはちょっとね。だから友人たちと作戦会議もしたよ。牡丹灯籠だって確か一晩で死んじゃうなんてことはなかったんじゃないかな? なん日かしてからやつれてきて、死相が出て、お札貼って……。一週間だったかな? ぎりぎりセーフのライン。だったらさ、吾一が六回やっちゃったあと今度は昭ちゃんがその部屋泊まって──。いやいや、学食全食大盛にしてっから十日ぐらいは保つんじゃねーかな? なんてね。……んでその部屋入ってから一週間くらいたって、きたね、ほんとに……。夜中目覚めたら胸の辺りがなんか重いんだよね。しっかり金縛りにもかかっちゃってて、布団がなんかモッコリしてるんだけど、明かりつけて確認したりなんかできねえんだよ。やがて俺のあそこ辺りの空気がスーッと動いて、ネバネバ、プリプリしたもんがペチャッてさ。アッ、これが女性のあそこなのかって、童貞の俺は一瞬思っちゃったね。でもそのプリプリしたものの動き方からすると、これはどうやら舌のようだな? フェラチオだな? なんて、結構冷静に予想なんかも立ててたんだよ。それで実際、そのプリプリはあそこから腹へ、腹から胸へ……。よく痴女ものの AV なんかで男優が乳首舐められてよがってんの、俺グロいなって思ってたんだけど、でもそん時ゃ俺も、やっぱアーッて声上げちゃったね! そんで下のほうにグニョッ、キュッでしょ。一分保たなかったな。それからは彼女の来訪が毎晩楽しみで……。でもアニ研の友人たちには別に何も起こらなかったよ、俺、霊感ねーのかな? なんてすっ呆けてね。だったら今夜は俺が泊まる、今いこう、すぐいこうなんて、それはそれで大騒ぎさ。そんでやっぱ一週間ごとの区切り前後の、二十日目ぐらいだったかな。いつものようにスーッ、ネバネバ、プリッ、ペチャッて始まったのがなかなか胸のほうに上がってこないで、いつまでも下のほうでペチャペチャやってんだよ。これは多分俺だけじゃないと思うんだけど、その年頃の男って、なんかすぐ、図々しくなっちゃうんだよね。で、何チンタラやってやがんだよ! なんて、苛々してたんだけど、そしたらさ、なんと、彼女はっきり喋ったんだよ。布団のなかからなのに、よく通るアルトの美声で。おいお前、起きてんだろって……。別に狸寝入りしてたつもりはなかったんだけど……。なんせ金縛り中だし。俺ウウーッ、アアーッて。そしたら彼女もああそうかってすぐにその点了解して。それじゃ今から金縛り解くけど、明かりつけんのは三十分くらい待てって……。そんでまた苛々しながらどうにかこうにかその三十分をやり過ごし……。でも実際には三分くらいで明かりつけちゃったかもしれないけどね。布団の左手、ちょうど俺のあそこのすぐ横辺りに、売れない漫画家さんとはとても思えないような幼な妻風のお姉さんが、チョコッと鎮座ましましてたのさ! エッ? 君がっ? 失礼ねッ! 驚き過ぎよッ! でも髪だって若奥様風に綺麗にセットされてるし……。そりゃ漫画家やってた時はろくに化粧なんかしてなかったし、an・an も資料として読むだけで実践なんかしてなかったけどさ、でもハムレットのお父さんだって、死んだらなぜかお利口さんになって、復讐すべき相手の名前、はっきり息子に告げられたりもしてたでしょ? そりゃまあ確かに……。その夜以降はただやりまくるだけじゃなくて、俺もアニ研だったし、創作論とか、業界裏話とかをね。あと、彼女の死の真相なんかも……。エッ? 自殺じゃないよ。過労死。リゲイン何本もブチ込んでさ、貫徹三日目の午後十時前だったから、九十六時間戦っちゃってたよ。私アシ雇えるほど売れてなかったし、死んだ時も一人切りでさ。編集さんとかもくるから割りと早く発見してもらえたんだけど、でもちょうど今と同じこの時期でしょ? 意外とひどいことになっちゃっててさ。ああ、そういうひどい姿で出てくる幽霊って、誰かをひどく恨んで死んで、そのことを相手に伝えたいとも思ってたりするわけなんだけど……。でも私は別に、吾一君のこと恨んで出てきてるわけじゃないし。ひょっとして観たい? 発見時の私。エッ? いいの? でもなんかの資料としてさ。ニオイだけ押さえることとかもできるんだよ。エッ? それよりも仕事してた時の私の姿が観たい……。それは駄目ッ! 絶対に駄目ッ!」
- 安藤紅一
- 2018/08/05 (Sun) 02:31:53