YESか農家。はん、文化。そんなもの、因習とでも言うべきでしょう。肉食は。
たとえばこんな時は別よ。山奥で遭難して何の食糧もない。二人きりで、このままでは共倒れ。そんなとき、お互いに信頼しあっている仲なら、俺の肉を食えなんてこともあるかもね。合意の上ならいいじゃない。何としてでも片方が生き残るって目的がはっきりしてるなら。どっちかというと私そういう性格よ。私、チャンスがあったら徳の高いお坊さんに体を焼いて差し出してみたいな。あのうさぎみたいに。
はいと答えたら、結婚しなくちゃなんない。彼は本当の私のことはわかんない。
いつも成分表示に気を遣って私の食事を用意してくれる。時には取り寄せてくれる。外食だって文句を言わずに付き合ってくれる。決して悪い人じゃないのは知ってるのにな。農家になりたい、なんて言ってもついてきてくれるの? ばかばかしい。いつし農家。あほくさい。
私の肉は濫用されるためにあるんじゃない。このままじゃいけないと思ってる。ついでに、ダイエットするためにあるんでもないの。
「肉を食べるのはかわいそうか? 君は地球の生きとし生けるものをみんな仲間だと思ってるのか? それじゃ敵ばかりだろう。さあ維持を張らずにこっちへおいで。一緒に感謝して恵みをいただこう。増やして食べよう。やわらかくてジューシーだよ、日々の活力なんだ」
それをきいて、そうか。と納得するところがあった。増やして、食べる。それがやり方なのねって。私とあなたで、増やして、肥やして。でも私は、花が咲いて、実がなるほうが好き。あと、私、みんな仲間だと思ってるんじゃないよ。敵だと思ってるの。あなたのことも。
「そうかもしれない。でも本当に仲間なら、みんなでこの生態系を回してかなきゃいけない。経済と同じようにね。世界の仕組みなんだ。それを止めるほうが流れに逆ってるんじゃないか。大体、君はヴィーガンのビール飲んでるけどね、それだって汗水たらして、苦労して作ってる人がいるんだぜ。世界のみんなが、それを飲まな」
ければ、そのぶん働かなくて済む。でもそこになんの喜びがある? 楽しくない。それでも畑を耕して一生懸命お世話したいの。
みんなが私の敵なんじゃなくて、私がみんなの敵。人間は怖い。人間は怖い。
「敵なら、いずれ戦わなくちゃならないだろう。俺は味方さ。だから一緒にいようぜ」
味方は殺して敵は生かす。そういう風にして芽ぐまないようにしている。
それより待って、こいつの理屈で言うと、私、この男を殺して食ってやってもいいんじゃないかな?
「でもそれじゃ増えない」
増えない、憎めない。私は間引かれるのを待つ元気のない雑草だけど苦い味はするよ。
「俺も最後には食われるほうさ。ふたりでせいぜいうまい肉になろう。けど思い出話に花も咲かすし、消えたくないよ」
- はさみ
- 2019/09/22 (Sun) 09:32:51