101
一階の小さな店舗スペースでひとり
カフェをやっている
ラストオーダーまぎわにいつもやってくる男ひとり
チャイを頼み、あ、スパイス多めでといつもつけくわえる
窓ぎわに座り、ずっと表の通りを眺めている
閉店です、という私の声を聞いてから男は席を立つ
会計をしているといつも
真上の天井からドタドタと
子どもが二三人走り回って転げ回っているような音と振動が落ちてくる
男はびっくりしたように見上げ
元気ですね、といつも言う
おいしかったです
ありがとうございました、またのお越しを
それから私は店を閉める
真上の201はずいぶん長いこと空き室のままだ
202
うたたねしていたのかはっと目が覚める昼下がり
床に針でも落ちたのか、それとも
窓の向こうの校舎から遠く
あ、え、い、う、え、お、あ、お、といった発声練習や
ふぉ〜っという管楽器のロングトーンが聞こえてくる
ところによっては、外で声出しや音出しができないところもあるそうだが
ここらではそんなことおかまいなしにのんきに響かせている
うつらうつらしていると
突然歩く音と話し声が廊下の向こうから近づいてきて立ち止まり
鍵を取り出す様子
ガチャリ、いきなり玄関のドアを開けられる
ように感じるが、それはいつも隣の201のドア
空き物件の下見なのだろうが
数分もしないうちにヒーッと細長高い絹裂き声が聞こえドアが
ガッチャンバッターン、今度は乱雑に開け放たれ
悲鳴の余韻をのこしてひとりが全速力で走り去り
おっかしいなー、という不動産の男ののんびりとした声がそのあとで聞こえる
へんだな、洗面台の鏡はいつもきれいにしてるんだが
と言っているのもいつものこと
303
ここのところ水が多い
ふだんはくるぶしだったり
腰までくると今日は多いなあと思うのだが
さいきんは天井あたりまで
ぷかぷか浮いての息つぎも飽きてきたので
とぷり、と沈んで暮らす
水の部屋
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お探しの部屋が見つかりません
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スタジオを出る
そのまま同フロア内の自宅に帰宅
567号室
このマンションは五階だけ妙に部屋数が多い
599号室まであるらしいのだが
この階だけでいったい何人が住んでいるのだろうか
かといって朝のエレベーターが混雑するかというと
そんなわけでもない
長い内廊下を歩く
同じフロアの住人とおぼしき人とすれちがう
挨拶を交わすが
微妙に避けられている気がする
一時生産停止になった某ビールと同様の風評被害である
あのビールうまいんだけどな
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窓が開き、カーテンがそよいでいるが
部屋には誰もいない
テーブルの上に小箱がひとつ置かれているが
中には誰もいない
クッションはくったりとへこみ
わずかに熱がのこっているようだが
室内には誰もいない
外からの風が奥の廊下に吹きぬけていくだけで
部屋には誰もいない
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天井からにょにょき下りてくる根をほったらかしにしていたら
森になってしまった
葉は生い茂りー、花は咲き乱れー、鳥たちは歌いー、とかそういうの
これ幸いと森の図書館よろしく本を根棚につめこむ
総天然のおしゃれな本棚ーとるんるん踊る
が、気づいたときは湿気って黴びて苔むしていた
想定外である
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ゴルの森に住まうものたちの美しい詩(うた)
今ここに昂(たか)らかに鳴り響き
祝福の鐘とともにそびえる有給(誤字)の棲(す)み家
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屋上に九つ
組み上げられたカプセルルームから
ひとり飛び立ち
ふたり飛び立ち
三人飛び立ち
四人飛び立った
ひとり多かった
- みずけー
- 2020/05/27 (Wed) 21:57:21