僕が嫌いな
僕の
家族のもとに
相談もなしに
買われてきた
血統書付きの
ちいさな
いぬ
母と妹が父に言う
二人でぜんぶ
面倒みるから
だからいいよね
ねこのほうが
好きだったのに
しつけに失敗し
母や妹は音を上げたので
いぬ
は家のそこら中でおしっこを
してうんちをして
それを食べたりした
芸は熱心に仕込んだ母
指のピストルで撃たれると
死んだふりをする
いぬ
二階から階段を転げ落ちて
母に笑われる
いぬ
それから十年が経ち
妹は大学生になり僕は
社会が不安だった
何かにつけて
僕らの足元でおこぼれを
欲しがるがもらえない
いぬ
は怖がりですぐ隠れる
リビングや脱衣所の水たまりが増えた
ほとんど
えさを食べなくなる
唐突に元気がなくなった
腎臓が機能していないとわかった
母は
すぐに安楽死を口に出す 泣く あきらめる
妹は
面倒を見る 世話をする 一緒に寝る
この十数年
同じエサばかりあげていたから
ありついたことのないであろう
ごちそうをありったけ買ってくると
砂肝を嘘のように食べる
鎮痛剤を点滴されると
歩き回るようになる
いままでそんなに
行ってあげなかった
散歩にさえ行きたがる
生きてきた中で
いちばん大切にされる
いぬ
食べたいものを食べ
あちこち歩き回り
匂いを嗅いだり
じゃれて遊んだりする
そんなの当たり前だったよね
ごめんね 謝るから
今になって
そんなにまぶしく
ならないで
よく知る母を復習しながら
知らない妹を遠巻きに見ながら
その日は来た
僕が一人で家にいるとき
いぬ
は
しばしの痙攣の後
あくびをした
目が少しずつ
曇っていった
僕は名前を呼んだ
妹がつけた名前だった
何度も呼んだ
耳をあてた
ぬくい
心音はしなかった
抱きかかえると尿が漏れた
幸せだったのか
そうだったとして
間に合ったのか
遅かったのか
いちばん可愛がった
妹の前で
逝かなくてよかったのか
なにもかも
きっと
わかりきったことだ
こんな僕とも
ただ友達で
いてくれただけ
僕はいぬのなきがらを撫でていた
ごめんねと
ありがとうと
さようなら
ごめんねと
ありがとうと
- はさみ
- 2021/01/24 (Sun) 15:29:52