不自由な選択肢、1
二千年前
ここで
草笛を吹いていました
それが私たちの
お腹がすいた日の
遊びでした
原っぱに
寝転がると
背中から
水脈が入ってきました
茅萱《ちがや》の先で蜘蛛が
ちいさな
宝を抱いていました
二千年後も
吹いているかは
そのときは、考えなかった
でも、吹いています
ずっと変わらない
草笛のかたち
夜の粥を食べながら
今という時が
すべてでした
不自由な選択肢、2
コップに注いだ水は
昨日は生きていたのに
今朝になると
死んでいました
なぜだろう
誰も水のことを
弔ってやらないのですか
梅の実が
たくさん取れたので
水を、洗ってやりました
坂道に
甘い匂いのする
その水を打ちました
思い出しています
思い出せる限りのことを
水だった日のこと
そして誰かが
弔ってくれた日のことを
不自由な選択肢、3
私たちは
そうするしかないので
悲しみを
じっと見ています
乾いたあとの水たまりを
眺めるように
つめたい尿を
少しずつ漏らしながら
とぶ蝶が
軽すぎて
じっと目を閉じ
晴れた日
時が過ぎていくのを
ただ待っていました
不自由な選択肢、4
言い淀んだことを
結局
あなたに言えませんでした
西に夕方が
東に夜が
見える原っぱには
今ごろ
風が吹いていると思います
今日から
時間を
逆向きに歩いていきます
それが自分で決めた
唯一のことだから
いつか二人で
大きな食洗機を買いましょう
そして半分こにした
たい焼きを分けるような
わたしとあなたの
欠けた心臓が
うれしそうに
寄り添って
たくさんの泡に包まれて
ぴかぴかになっていくのを
いっしょに眺めてくれますか
あなたの生きている
世界が好きなことや
話したいことが
まだたくさんあるということ
言い淀んだまま
時は過ぎていきました
不自由な選択肢、5
今日
日本という国で
株価がとても上がったと
誰かが言っていました
ベランダの向こうで
ヒヨドリが二羽
鳴き合って
わたしたちが伝えられなかったことを
伝え合っていました
- イヤ子
- 2023/06/06 (Tue) 18:00:55