ちっちゃい頃さ、熱出すたんびに見る夢ってなかった? 私はねえ、なんか平らに広げられた白い布がぐしゃぐしゃってなるやつ。ぐしゃぐしゃって。ただそれだけの夢。そんだけなのになんかめっちゃこわくてうなされて。で、起きたら無性に、透明なリンゴジュースが飲みたくなんの。そう、絶対透明。透明なものってなんかみんな特別だったんだよ。傘の柄とかBB弾とか。あ、あとおはじきも。一個だけ、ひょろって青とか赤の色が入ってないやつ。あれね、特別だった。
もう十分過ぎるほど大人になってしまった私たちは、新宿駅で待ち合わせして、VR映画だって観に行ける。
「ね、なんかおまけ映像があるんだってよ」
「まじで」
わちゃわちゃしながら待っていると、デモンストレーションが始まった。超高性能ゴーグルは重たくて、頭が勝手にぐらんぐらんしそうになる。ぐらんぐらん。首やっちゃうからしないけど。
「これさー、眼鏡の上からつけられるって言ってたけどさ、めっちゃ鼻パッド食い込んで痛いんですけどっ」
「ウケるし」
そわそわもぞもぞするうちに、それっぽいヒーリングミュージックが聴こえてくる。本当は目の数センチ前のはずなのに腕を伸ばしても届かない距離で文字が光る。足元には、見渡す限り白っぽい布が広がって、それが、四方八方からぐしゃぐしゃっとなった。
「ザザッ、プツッ」
「お客さーん、急に立ったら危ないっすよぉ」
ヘッドホンから間延びした店員の声がする。そんなことより私は、悲鳴を上げずにすんだことに安堵していた。一時停止の布の波。急に吹き出した冷や汗は、わずかにずれたゴーグルに隠れて、たぶん、誰にも見られなかった。
(夜、熱出るかも)
映画を観ている間中、絶対にリンゴジュースを買って帰ろうと思っていた。透明で100%の。
- こうだたけみ
- 2024/08/13 (Tue) 17:27:32